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さて、今回挿入歌の「Kiss Me Good-Bye」をNHKで聴く事が出来るという事を
FF12 Expo (FF12情報サイト)のサイトで、知りました。
帰ったら早速録画予約します。
ポップジャム オンエア予定では、
3.10(FRI)総合 深夜0:25〜1:04
となっています。私、こういうの苦手なんですよね。この場合、金曜日の夜遅くって事なんでしょうけど、「正確を期すはずの」(←要らぬおせっかいと、好ましからざる予断)NHKが意味するところは、つまりいわゆる「木曜日の夜遅く」、金曜日になったばかりの時間の可能性もあるはずだなんてことをどっかで思う訳です。(だれも思わないでしょうが・・・。)
なんで、このようなことを思うかというと、感覚における日付が変わるのは、睡眠を経由して後のことだからでしょう。NHKが午前零時をまたいだ後の天気予報が、「今日の天気」に変わっていて、それに違和感を覚えるのもこの為です。ですが、いつしか取り決めとしてのこのような制度に自らを少しずつ順応させると、ポップジャムのような表記に対して「表記が間違っているんじゃないと?」と、意味もない感覚を持つ訳です(私はね)。
これは言ってみれば、「違和感を解消し、制度に順応しようとする事による違和感」なわけですね。完全に順応していたら、このポップジャムをいわゆる「木曜日のよる遅く」に録画するだけですね。完全に順応出来ないので違和感を感じるのでしょう。
このような日付や数に関して、正しさを詮議してもあまり意味がない場面は他にもありますね。
「これまでの人生で3回、住む場所が変わりました。」
「彼この1年で3回も車を変えてるんだ。」
こういう言葉を聞いても論理的に、「4カ所に住んだのね」「4台の車はどんな車種だったのかな?」とか思う人ばかりではない訳ですね。ですが、論理的には2回奥さんを変えたら、3人の女性と席を入れて来た事になりますね、正確には。
正しさを詮議するよりも、なんでこういった曖昧さを脳は許容して、しかも円滑に(ときには誤解を含めて)コミュニケーションが進行するのだろうと考える方が楽しいですね。
少なくとも、私は「24:25〜25:04」という表記にすべきだとか、木曜日とすべきだとか言ってNHKに抗議したりは決してしません。ただ、ちゃんと録画したいだけです・・・。
あ、今はGコードとか、G-GUIDEってのがありましたね・・・。
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